■適用される法律(遺言の準拠法)の問題
日本に居る外国人が遺言をする場合、どの国(又は地方)の法律が適用されるのかという問題(準拠法の問題)を考慮する必要があります。
遺言をめぐっては、
@遺言書の作成方法(方式)についての準拠法
A遺言しようとする法律行為(遺贈や認知などの遺言内容)についての準拠法
B遺言の成立及び効力についての準拠法
を、それぞれ考える必要があります。
1 遺言書の作成方式についての準拠法
「遺言の方式の準拠法に関する法律」2条に定めるところにより、
@行為地法(遺言をする国・地方の法律)
A遺言者が遺言の成立又は死亡の当時国籍を有した国の法律
B遺言者が遺言の成立又は死亡の当時住所を有した地の法律
C遺言者が遺言の成立又は死亡の当時常居所を有した地の法律
D不動産に関する遺言について、その不動産の所在地法
いずれかの法律に適合した方法で作成すれば有効とされます(遺言準拠2)。
したがって、在日外国人であれば「国籍を有している国の法律(本国法)による方式」でも、「行為地法ないし常居所法として日本の法律(民968以下)による方式」でも、有効な遺言を作成することが出来ます。
2 遺言しようとする法律行為についての準拠法
遺言の内容についての問題は、「法の適用に関する通則法」が定めるところによります。相続については、被相続人の本国法に従うものとされている一方(法通則36)、例えば、認知による親子関係の成立については、認知の当時の子の本国法が定める要件を満たすことも必要とされています(法通則29)。「本国法」とは、その者が国籍を有する国であり、2つ以上の国籍を有する場合は常居所を有している国ということになります(法通則38@)。
したがって、日本に住んでいて日本の方式で遺言書を作成したとしても、相続については、原則として国籍を有する本国法に従う必要があるということになります。
ただし、英米法国では相続財産を不動産と動産に分け、前者は不動産所在地法、後者は被相続人の住所地法を準拠法としています(相続分割主義)。例えば、遺産となる不動産を当該法制の国に所有している場合には、その不動産をめぐる手続の準拠法は事実上その国の規定による必要が生じるので注意が必要です。
3 遺言能力や遺言の意思表示の瑕疵などの成立及び効力についての準拠法
遺言当時の遺言者の本国法によって定められることになります(法通則37)。遺言の成立とは、遺言能力・遺言者の意思表示の瑕疵など、効力とは、遺言の効力の発生時期・条件・取消しの可否などを指します。
なお、遺言者の年齢、国籍その他の人的資格、及び証人の資格による遺言の方式の制限は、「遺言の方式の準拠法に関する法律」に言う「方式」に含まれるものとされているため(遺言準拠5)、上記1に挙げた準拠法により有効性が判断されることとなります。
4 反致
日本の「法の適用に関する通則法」で「本国法による」として、日本法以外の法を適用するとしているところ、その本国法が遺言の準拠法を行為地(遺言地)法と定めている場合には反致の問題となります。日本法は反致を認めているため(法通則41)、このときは日本法が準拠法となることになります。
■日本法に方式による自筆証書遺言の作成
遺言は、本国法・日本民法、不動産に関する遺言であれば、その不動産の所在地法等、いずれの方式によることも出来ます。
日本民法には、遺言に用いる言語に制限はないので、日本法の方式で外国語で遺言を作成することも可能です。また、押印については実印による必要はなく、拇印又は指印でも良いと解されています。
過去の判例には、遺言者が日常的にタイプライター等を使用して自筆の文書を作成する習慣がない場合に、遺言者本人がタイプして作成したこと、及び遺言が遺言者の真意に出たものであることが何らかの方法で証明されれば、タイプライター等を使用して作成されたものであっても日本法による自筆証書遺言として有効としたものもありますが、これは極例外的なケースであり、「自筆」つまり手書きであることは外国語で作成する場合でも必要な要件とされています。
■日本法の方式による公正証書遺言・秘密証書遺言の作成
1 言語と押印について
民法上、自筆証書遺言や秘密証書遺言では使用言語についての規定はないため、外国語で遺言することも可能です。
また、印鑑がない場合には署名に加えて拇印又は指印で代えることも出来るとされています。
2 身元の確認方法
本人の確認には、印鑑登録証明書による他、遺言書の本国政府発行の旅券、又は市町村長発行の外国人登録証の提示など、他の確実な方法によることが出来ます(公証28A)。
3 外国語での「口授」
公正証書遺言は日本語で作成されるため(公証27)、遺言者が日本語を解さない場合には、通事の通訳のもとに作成します。
「口授」の要件を満たすためには、通事が遺言者の口頭で意思表明を通訳して公証人に伝え、また公証人の読み聞かせ等を通訳して遺言者に伝えることが必要であり、遺言という行為の重大性や遺言者の意思尊重の必要性からすれば、その外国人が日常的な日本語を解する能力があっても、なお適切な通事の通訳(公証29)を介して母国語によって遺言をさせるべき、と解されています。
4 証人の立会い
証人の資格による遺言の方式の制限は、「遺言の方式の準拠法に関する法律」にいう「方式」に含まれるものとされているため(遺言準拠5)、
■適用される法律(遺言の準拠法)の問題の1に挙げた準拠法により、有効性が判断されることとなります。日本民法では、974条に定める証人適格者であれば外国人もなることが出来ますが、証人には遺言者が口授した内容が正確に筆記されたことを証明する役割を担うので、遺言者の述べた内容を理解出来ていなければ、証人立会いの要件が満たされたことにはなりません。
■遺言執行者の指定等について
遺言執行者の指定、選任及び権限については、相続の準拠法である本国法(民1006@)が適用されます(法通則36)。
英米法国では不動産の相続は、その所在地の法律に従って相続されるのが原則とされており、さらに英米法国では遺言の執行に関して遺言執行者を専ら司法機関の選任によるものとして、裁判所の監督の下で遺産管理・清算を行わせる方正が採られています。したがって、遺言者が日本以外の国に財産を有している場合には、遺言で指定された遺言執行者でも、裁判所の選任手続を経る必要が生じるなど、その財産の執行は、その国の制度に従って行われることになります。